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15年前の昔話ですが、誰かの参考になるかもしれないので投稿します。
1994年7月、ハワイ旅行に行ったとき、ホテルで盗難にあいました。
場所は、ワイキキの格安ホテル。帰国前日の日中のことでした。
ホテルでは、昼間ベッドメーキングの時間があり宿泊客は外出します。盗難はその間に起きました。
朝10時頃部屋を出て、午後1時頃部屋に戻りました。
帰ってみると、スーツケースがなくなっていました。さらに調べてみると、クローゼットに入れてあった妻の衣類・靴とアクセサリ類もなくなっていました。現金とパスポートは身につけていたので無事。また、セーフボックスに入れていた品物は無事でした。
その後の警察の捜査で、ホテルの屋上でスーツケースは見つかりました。どろぼうは、非常階段を使ってスーツケースを屋上に持って上がり、物色したようです。スーツケースには鍵をかけてありましたが、写真のように側面をたたき割って、そこから中身を抜かれていました。
盗まれた物は、妻のアクセサリと、おみやげとして購入した衣類、靴でした。帰国前日で購入した物が多かったため、金額的にはかなりの額となりました。ハワイで撮った写真には、盗まれたTシャツを着て写っているものもあります(袖を通したのはその一回だけ)。
警察は事情聴取と指紋の調査をした後、私たちの作成した盗難品リスト(品物と金額)を持って引き上げました。このとき、警察が被害証明書を発行してくれました。これには、事件の番号が記載されており、後の保険請求に必要でした。
ホテル側は盗難に対する責任を認めず、ただ、お詫びの手紙と翌日の朝食を無料にする旨を伝えてきただけでした。
帰国後、スーツケースに入れていたクレジットカードが一枚盗まれているのに気が付きました。ハワイの警察に国際電話をかけてリストへ追加を頼み、カード会社にもそのことを連絡しました。
盗まれたクレジットカードは非常用として持っていたもので、現地では使わない銀行のキャッシュカードと一緒にパスケースに収め、スーツケースに入れてありました。どろぼうは4, 5枚あったキャッシュカードには手をつけずクレジットカード1枚だけを抜いてパスケースは元の位置に戻してあったため、現地ではそのカードを持ってきたかどうか確信が持てなかったのでした。
カード会社の調査によると、盗難があったその日のうちに貴金属を計27万円相当購入されていたそうです。なお、カードの裏には日本語でサインをしていましたが、不正使用防止の効果はありませんでした。
旅行保険とカード会社へ保険請求の申請をしました。両者は一緒に対応するということで、窓口は旅行保険の保険会社になりました。
保険会社へ保険金の請求書と盗難品リスト、レシートのコピーを提出(郵送)しました。
買ったばかりの品が多く、そのレシートが全て残っていたのでほぼ正確に被害品と被害額のリストができました。
なお、旅行保険には、全体の補償額と一品あたりの補償額の上限がそれぞれ別に決まっています。全体で補償額以下としても、全額が補償されるわけでありません。
その後、保険会社のハワイの弁護士から、一度日本語で状況確認の電話連絡がありました。返答として、口頭とFAXで盗難の状況説明と「ベッドメーキングの時間帯におきた盗難事件だから、ホテル側の責任が大きいので賠償をして欲しい」旨を伝えました。
約2ヶ月後、調査結果として、法律上ホテル側に賠償の責任は全くないと考えられると記した報告(英文)が手紙で届きました。(ホテル側はセーフボックス内の被害にのみに一定限度で責任を持つとの理由でした。)
てんまつ
ホテル、旅行会社へ弁償してくれるよう問いましたが、両方とも責任を認めることはありませんでした。
結局、犯人が捕まったのかどうかは不明です。盗難前日から同じホテルの1つ上の階に泊まった客が偽の住所を使っていたということで怪しまれたようですが。
金銭的損害については、支払までに数ヶ月の時間がかかりましたが、ほとんど旅行保険の保険金でまかなうことができました。
クレジットカードの不正使用については、私へ請求がくることはありませんでした。
今回の盗難でわかったことは、以下の点です。
・ それなりに名の通った(治安の良い)ホテルを選ぶべき。
・ホテル側には免責事項があり、部屋の中に置かれていた物について損害賠償を請求することは困難。セーフボックスの中身についても賠償額は10万円程度が限度である。
・万一の場合、クレジットカードの付帯保険を利用できるかどうか知っておく(旅行代金のカード支払が条件になっていたりするので確認する)。
・カード付帯保険でまかなえない範囲は、掛け捨ての旅行保険で補うようにする。
・日本語で書いたクレジットカードのサインは不正使用防止に効果はなかった。
・スーツケースのセキュリティ(鍵とマグネットが付いていた。)はあまり役に立たない。
・壊されて代替品を購入した場合(スーツケース等)は、壊れた物の写真と代替品のレシートを持っておく。これは役に立った。
・持ち物のリストを用意して、おみやげを買ったら更新しておく。
・高価なアクセサリは持っていかない。
・ブランド品などの高価な物を買った場合、帰国前日にホテルへ届けてもらう(要求すれば、快く引き受けてもらえる)。
・レシートは捨てない。
・現地の警察には必ず届け、被害証明書をもらう。
・帰国後気づいたが、日本の領事館へ連絡すべきだった。適切な対応を教えてくれたかもしれない。
ふたりとも、その後の旅行では服装は質素に、持ち物には慎重に気を遣うようになりました。妻は、もう二度とハワイには行かないと言っていますが(笑)。
また、掛け捨ての旅行保険は役に立ちました。今回のようにホテル、旅行会社が過失を認めないケースでは、保険がなければ金銭的損失を十分には回復できず、伴う精神的なダメージもさらに大きかったと思います。私が成田で勝手に掛けたのですが結果として妻の精神的なショックも緩和してくれたようです。
2009/12/04 02:12:58
この日の目標は
・ジョットの鐘楼
・クーポラ
・洗礼堂
の三つだったのですが、そのうち二つは早くもクリアしました。
最後の洗礼堂は、オープンが12時過ぎだったので
その間、買い物がてら街をぷらぷらしていました。
とその前に朝から激しい運動?をしたため
休憩しようと思ったのですが、
カフェだとお金がかかるので、
ヴェッキオ宮殿前広場の階段で腰を下ろして休みました。
その後、前日のリベンジではないですが
再度ヴェッキオ橋の装飾屋さんめぐり
妻は、ようやくアクセサリを購入できたようです。
洗礼堂を見学後、昼食をとって
早めにホテルに戻ることにしました。
というのは、これまでブラブラしすぎて
いつも駅に着くのがギリギリになって
こちらの気持ちもキリキリしてしまうからです。
が、戻る途中とある広場にさしかかり
何だろう?この教会は?ということで入ったのが
サンタ・マリア・ノヴェラ教会。
何気なく入ったその教会のステンドグラスは
ものすごく見事で、思わず写真を撮ろう
としたのですが、係員の警備が厳重で
とうとう諦めました。
さて、これでイタリア観光はおしまいです。
ホテルに戻り荷物を受け取り、
またFrecciarossaの1等車に乗り込み
ミラノに戻ってから、最初のホテルに預けていた
荷物を取り出しました。
妻が荷物を確認すると、サングラスが見当たらず
「あ・・・・やられた・・・・」
と思ったらカバンの別のところから出てきました。
そして、ミラノ中央駅隣のバス乗り場から
シャトルバスに乗って、空港に向かいます。
空港に到着してチェックインしようとしたら
そこには、大量の日本人が。
まだ帰国前なのに、何故か現実に引き戻された気分です。
帰りはJALなので致し方がないのですが
成田に着くまではやはり外国の航空会社のほうがいいようです。
ま、そんなこんなで無事に帰国した訳ですが
妻が行きたい!とリクエスト出したときは
かなり渋っていたのですが
いざ行ってみると、他の人が一番興味を引くであろう
絵画や彫刻は、やっぱり興味を示さなかったものの
迷路のような街のそぞろい歩き
日本とは全く違った色彩の街並み
そしてプチ鉄ヲタを刺激する鉄道
など、ヨーロッパも結構見所あるじゃん。
と思ったものでした。
うん。また行ってみたいなーと
素直に思える旅行でした。
2009/10/14 12:10:26
今回のショッピング訪韓
1日目 明洞
16:00
ZARA や FOREVER21 をショッピング
17:00
韓国コスメの価格調査と品揃えをウォッチング
18:00
地元のOLがよく行くようなお店で食事後
タクシーで新羅免税店へ(10分)料金は3800ウォン
20:00
新羅免税店シャトルバスで明洞へ
露天のDVDや靴下、アクセサリのお店をウォッチング
22:00
初日のショッピングは終了
2日目 ヨジュ・プレミアムアウトレットモール
8:00
韓国粥の朝食
9:00
地下鉄2号線「江辺駅」前東ソウルバスターミナル着
9:10
ヨジュ行きのバスに乗車 @4900ウォン
10:20
ヨジュバスターミナル到着
10:30
タクシー10分でアウトレットモールに到着 料金9000ウォン
13:30
アウトレットモール買い物満喫!
14:10
東ソウル行きのバスに乗車
15;20
東ソウルバスターミナル到着
ウォーカーヒル免税店までタクシー
15:30
ウォーカーヒル免税店到着 料金3000ウォン
17:00
ホテルシャトルバスで地下鉄2号線「江辺駅」へ
17:30
南大門市場のある地下鉄4号線「会賢駅」到着
18:30
南大門市場ショッピング満喫し、食事
19:00
明洞ミリオレショッピング
20:00
露天のDVDや靴下、アクセサリのお店をウォッチング
22:00
ホテル到着
3日目
8:00
ホテルの朝食
9:30
ロッテ免税店(ロッテホテル旧館1F店舗)
ここはお得感一杯ですよ
10:30
ロッテ百貨店OPENでショッピング
11:30
クリスピードーナッツ
12:00
ホテルチェックアウト、金浦空港まで
模範タクシーで40800ウォン
13:00
金浦空港シャトルバスで「Eマート」へ
ここは韓国コスメの大容量タイプが品揃えありました
14:30
空港内の唯一の免税店 「AK免税店」で最後の買い物
2009/05/13 07:05:16
数年前の旅行を思い出しながら書いています。
初めての海外旅行ですが
これまで海外旅行にはまるで興味が無く
無理やり連れて行かれたような感じで、イヤイヤ行きました。
普通、初めての海外旅行っていったら近場のグアムとか
メジャーどころでハワイとか、韓国とか、そんあイメージだったが、まさか、コタキナバル?名前も覚えられんw
マレーシア航空ですが、TVで見たような綺麗なおねーさんが
綺麗な民族衣装のような制服でお出迎え。素敵でした。
当時はコタキナバルまでの直行便が無かったようで
クアラルンプールで国内線に乗り換えましたが
この間2時間以上だったか、やたら長くて疲れました。
喫煙者の私には喫煙所を探すのも一苦労。
この空港はアジアで一番大きいような話も聞いたし
スケルトンのエレベータや内装がとても綺麗で
近代的な空港で驚きました。
コタキナバル空港に着くなり、すぐに電車の改札口のような出口にこれまた驚き、ジャンプしたら越えられるような
必殺策越えができちゃうようなちゃっちぃ~空港でした。
お出迎えの車が日本車の4WDで、ホテルまで真っ暗闇の道を
途中には屋台のような場所が点々として、途中立ち寄り何かジュースを飲んだ記憶が・・・
ホテルは「シャングリラ・タンジュン・アルー・リゾート・コタキナバル」です。
今思えば、木柱いっぱぃで天井にプロペラがたくさんまわってるロビーの広い壁が無い開放的なよくある南の島のリゾートホテルの景観ですが
この時は初のリゾートホテルで、あまりの凄さに感動していました。
ムンムン湿気で暑かった・・・
思いスーツケースを車から降りるなり、ホテルの人がさっさと運んでくれて、初めての私は、あれあれどこ持ってゆくんだろう・・?ってな具合で、経験豊富なメンバがチップを渡しているシーンを見て、「おおおぉこれがチップかぁ」とちょっと感動。
部屋が角の扇型に広い、中でも良い部屋だったそうで
初めての私には、単に外国の部屋は広いからなぁ・・・
としか思っていませんでした。
翌日はホテルからボートに乗って入場料を払う離島に行き
離島の名前は覚えてませんが、近くにはいくつか小島があり
ホテルから定期的に出ている乗り合いボートで行けるようです。
英語が若干しかわからん私たちは、ボートの料金や乗り方を書いてある看板を読むだけで一苦労でした。
そりゃ~日本のようにはいかないわなぁ・・・
見渡せばニホンジンはいない!
白人の老後の余裕ある夫婦、のような人が多かった・・・
ボートに乗る時初めて感じたが
30前後くらいのカップルが先に乗って
その時の男性の女性をエスコートする姿が
日本でたまに見る女性のエスコートとは見た感じ明らかに違う!
スムーズ、優しさが見える、女性を大切に扱う感じ
それに増してニホンジンとは違うナイスボディーの男性
ますます男がかっこよく見え、女性が宝物に見えた。
私は東京生まれ東京育ちで、六本木や銀座、青山などの
レストランやホテルの食事など、日常に経験していたが
これに良く見るニホンジンの女性のエスコートとはまるで違って見えた。海外だからそう見えるということもあるが
何度も経験した今でもそう見える。
これが初めてのカルチャーショックでした。
前夜のスコールのせいか、普段からこんなものなのか
離島に行った時、ホテルのプライベートビーチでも
海は特に綺麗だった気はしません。透明度は低かったですね。
ボルネオ島の北側だからなのでしょうか?
南側では世界でも上位のダイビングポイントがあると聞きました。
まぁ、関東のなんとも言えない海に比べたらはるかに綺麗ですが・・・
砂浜の後ろはすぐ森でしたが、猿がキャッキャいっぱぃいて
たまに下りてきて荷物を持って行ってしまうようなので気をつけてください。
また、ふと後ろを見ると3mくらい近くまで、2mくらいの大トカゲ?が
のそのそと迫っていました。これは人に危害を及ぼすようなものでは無いようです。
また、この離島でも、ビーチには物売りがいました。
貝とかで作られたネックレスを売ってましたがお土産屋さんの倍くらいの値段でしたかね。
ホテルの近くには、突如として屋台村のような場所が広がっていました。
夜に行きましたが、私はシャツに短パンサンダルでしたが
メンバの1人は何を血迷ったか、ドレスを着て行きました。
屋台の客は、どちらかと言うと地元の人が多かったように見えます。
すぐ側には200世帯くらいはあるでしょうか、水上生活者の池があるので
その辺りの人も多いのかと思います。
話はそれますが、水上生活者は、ゴミはその場に捨て、トイレもその場で
風呂もその場だそうで、池がゴミだらけ、臭い、といった感じでした。
なんでこういう生活なのか、どうしてこうなったかは話すと長いので
興味ある方は他でどうぞ。
観光客っぽい感じの人はたまに見かけて
そういう人を見るほうが少なかったです。
ましてやニホンジンっぽい人はいません。
ドレスなど着ていったメンバは、注目の的、じろじろじろじろじろじろ・・・・
そんな中、水槽から好きな魚を取ってくれて調理してくれる屋台で食べましたが
調理方法は何がいいか聞いてきて、スチームするのがお勧めと言っているようで
「スキーム!スキーム」って言ってます。スキームってなんだろ・・・
変なのが出てくるものこういった土地での醍醐味、OKOK^^と気軽に答えてしまい
出てきたのは、蒸したなまずのような魚の上にパクチーが敷き詰められたものでした。
あ~スチームねぇ^^;この時初めて言葉がなまっていることに気付きました。
でも、味はとても美味しかったです。タイガービールを飲みましたが
蒸し暑いせいか、酔いも早くビール1本でボーっとしちゃいました。
マレー語なんてわからんが、この辺りの70%がチャイニーズらしい。
ほとんとが宗教でそうとうな数の宗教があるらしい。
それはそうと、マレー語しかわからない人がほとんどで、英語はダメ
若い人は、日本語を覚えて日本の観光客や日本で働きたいという人が増えているようです。
(逆にシンガポールなどでは、ニホンジンは英語が話せる人が多いからと日本語を学ぶガイドは減ってきたと聞きました)
ということで、この辺りは中華料理を出すお店が多いようで
翌日アジアで一番高いと言われるキナバル山を車で上り自然保護区域の公園まで
その途中のレストランもチャイニーズレストランでした。
といっても、タイ米のようなご飯もポロポロ、見た目も何もないが
味は美味しかったですよ。
しかし、トイレは大のものしかなく、トイレのドアはあるが、便器にはドアがなく・・・
途中のお土産屋さんが立ち並ぶ休憩所のような場所のトイレは
腐った木で作られたような横に4つくらい繋がって作られたトイレがあり
横にオッサンが立っていて、使用料を払う。
覚えてないが2リンギットくらいだったと思う。
この辺りでは、スーパーでもトイレの入り口に誰かが居て、その人に使用料を払って使う。
有料トイレが一般的なようです。
しかいここでは、使用料を払うわりに、入ってみたら床のコンクリートに溝があり
そこに垂れ流す。この溝が隣のトイレとも繋がっていて、終わったらオッサンに言う。
すると横からバケツでざざ~~~っと流してくれる(笑
手洗いする所など無い!トイレットペーパーなど無い!ってことで
これから行く人は、アルコールティシュとか、旅行グッズにある水のいらない手洗いとか
何かしら持ってゆく方が良いですよね。
まぁ、隙間があって見えちゃう~ってことはなかったです。
ある意味そのオッサンが監視人みたいになり、女性も安心してできる?かも・・・
途中車窓から見る風景は山の自然ばかりですが、渓谷に牛が放し飼いされていて
水浴びしてる所や、森林ばかりの間に突如木造の掘っ立て小屋が密集している場所が
所々に見かけましたが、話によれば、フィリピンからの密入国者が
隠れて生活しているのだそうです。特に観光客などに危害を加えた話はないそうです。
コタキナバルの夕日は綺麗でなかなか有名だそうで
ホテル敷地の夕日が見える側のビーチの先には
小さなBarがあり、ここで夕日を眺めるのは良いですね。
しかし、10人も座れば満席の小さなBarなのでお早めに~。
座れなくても良ければ横で立ち見できるスペースも若干・・・
シャングリラは5つ星ホテルのせいか、従業員がみんな常に笑顔で
特にすれ違う時の挨拶は優しさあふれる笑顔で気持ちよかったです。
朝食後くらいの時間にベッドメイクで綺麗な柄のカバーと花で飾ってくれ
夕方になるとそれを外し寝るバージョンにメイクしてくれます。
当時は今と違い、タオルはいくらでも取り替えてくれて
従業員が定期的にタオルとかアメニティは交換しますか?とまわっていました。
今ではタオルの洗濯で多くの洗剤を使うからと汚染の関係もあり
タオルをバスタブに入れておかない場合は取り替えないホテルも増えましたよね。
この笑顔は5つ星ホテルだから?
いや、この土地の人がそんな軟らかい感じの人が多いのだと思いました。
レストランではこの時だけなのか女性スタッフが背の低い人が多く
ニホンジンにはホッとする感じでしょうか。
朝食を食べていた時、デジカメでパチパチ撮っていたら、スタッフの男の子が寄ってきて
小さいですね~それがカメラなんですか~と驚いていました。
確かに、近くに諭一ある大型スーパーに周遊バスで行った時
日本の有名メーカーのオーディオ製品が並んでいましたが
一昔前のものが多かったように思います。
このスーパーに行った時、入り口周辺には、何をするわけでもなく
ただ座っている人、タバコをふかしている人、じ~~~っとこちらを見てる人
いっぱい人がたむろしていました。
遊ぶところがなくてみんなここに集まってくるんですかね・・・?
面白いことに、日本のスーパーやデパートと明らかに違うのが
入ってすぐに感じた、食べ物屋の隣に宝石店、子供オモチャ店の隣に漢方薬店
のように、並びがめちゃめちゃのようです。
日本だと地下が食料品、1階はアクセサリなど、2階は家電、3階は洋服
などとフロア別だったり、大きなところだと南館は、北館は・・といった感じで
はっきりわかれてますよね。
ここもまたトイレは有料でした。いくらだったかな・・・
思い出せるのはこのあたりまで。
また思い出したら更新します。
2009/03/06 03:03:56
2007春の旅:クロアチア(1)シベニック~クルカ
約1ヶ月間のひとり旅、訪問6カ国目はクロアチアです。
22日目:ウィーン~ザダール~シベニック
23日目:シベニック~クルカ~スプリット~ヴィス
ウィーンからザダールへ飛ぶ。
空港からザダールのバスターミナルまでのバスを探すが、誰に聞いても分からないという。
この時期、ザダールへは毎日飛行機が到着しているわけではなさそうだ、その場は混乱していた。
突然人々が1台のバスに向かって動き出す、どうやらずっと留まっていたそのバスが市内行きに「なった」ようだ。
バスターミナルに到着。私が「シベニクに行きたい」と空港で職員に言っていたのを耳にしていた女性が声を掛けてきてくれた。
切符売り場に案内して、時間や乗り場を調べてくれた。
彼女の乗りたいリエカ行きのバスは4時間後らしい、「ここから2時間の場所なのに」とため息をついていた。
シベニク行きはすぐにあったので、明るいうちに到着することができた。
彼女に付き合って遅い便にしようかとも思ったが、しなくて正解だった。
それは、シベニクで宿を探すのがひと苦労だったからだ。
SOBEの客引きも現れない。
観光案内所は土曜日なので休み...自力ではホテルが1件しかみつけられなかった。
そのホテルへ向かう途中に横切ったカフェから面妖な男?が内股で駆け寄ってきた。
「あ~ら、お部屋をおさがしかしらぁ?」といった感じだ。
選択の余地はない、彼(自称ドイツ人)の従姉だという人の家へ案内される。
途中は石造りの昇り坂と階段が続くが、とにかくおしゃべりな彼は立ち止まっては、あれやこれやと話し出す。
その度に重い荷物を担いだまま、私も立ち止まることになる。「だまってさっさと行ってくれ」と怒りそうになるのを我慢した。
部屋で落ち着いてから迷路のような町を出て海岸沿いまで出ると、ひとり旅の日本人と出会い、夕食をともにした。
クルカ国立公園からシベニク間をバスで往復するには朝出ると夕方に帰る便しかない。
その日のうちにヴィス島まで移動してしまいたかったし、クルカ国立公園が良い場所なら予定変更もあり...シベニクのタクシー待機所で料金を予め交渉しておいた後、ドライバーの電話番号を聞いておいた。クルカはプリトヴィツェに比べると小規模、けっして良くないわけではないがプリトヴィツェを訪れた後には少し物足りなく感じた。バスは本当に夕方までない、信じていなかった訳ではないがもしかしたら何か交通機関があるかもと思っていたのに。山の中で6時間近くも時間をつぶすのは難しい、タクシーを呼ぶことにした。そこで待ち合わせの場所が分からず一苦労、30分くらいおたがいに彷徨った。やっと出会えたそのタクシードライバーは前日あったときとは違った出で立ちで、まるでラッパーのようなアクセサリを身につけ黒いサングラスにTシャツ。たしかひとのよさそうなおじさんだったはず??
「ずいぶん探したぞ、いまからどこへ行きたいんだ?」シベニクまで戻ってバスでスプリットまでバスで行くと言うと、新道を通ればスプリットまではあっという間だスプリットまでこの車で行こうと言う。
えぇ?そんな贅沢はできないぞ...「いや、ちょっとむり」と断ると、「クルカからシベニクは昨日交渉した値段どおり頂くが、これからは友達として案内する。燃料代だけでいいよ」と答える。
そんな話は有りか?それにいつの間に友達になったんだ?
彼はこれからスプリットまでの途中どこに立ち寄って、何を食べて...とドライブ気分だ。
彼とは言葉の問題でスムーズな会話が成り立たないがお互いに言わんとすることは不思議と通じたし信用できた。
シベニクに到着して預けてあった荷物を受け取り、彼といっしょにスプリットまで行く決断をした。
まずは街が一望できる高台まで、そこからプリモシュテンまでドライブ、途中彼の薦める店で羊の丸焼きをご馳走になる。
スプリットまでの新道だというハイウェイ(?)を快適に走り抜けた。見覚えのあるスプリットの街が見えてきた頃、彼は私たちの出会いについて回想を始めたようだ、なにごとかぶつぶつ言いながら目が赤くしている。港に着いて船の切符の手配やなにやらすべて世話してくれ、ガソリン代が幾らか分からないので、たいしてお金の入っていない財布を「銀行にいったほうがいいかなぁ?」と言いながら丸ごと彼に渡すとメーターが指していた金額の1/5を彼は受け取った。「クロアチアに着いたらどこからでも電話しろ、この車で迎えに行くからな。」えっ、このタクシーでですか?彼のおかげで楽しい時間を過ごすことができた。
2009/02/05 11:02:56