HOME / ≪ANPLUT≫アンプルート ペンダント Sky Jack(SV) ウィングモチーフ≪遊び心を忘れない大人のアクセサリー≫
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世界貿易センタービル南タワー107F展望室から見た北タワーの最上部。
2001.9.11のNHKテレビで見た、アンテナが傾きもせず崩落する様子が瞼に残る。
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9.11を前にしてニューヨークの世界貿易センターWTCビルの思い出を題材にした英語スピーチと記録写真を紹介します。
日本語訳は英文の後に記載してあります。
私にとっては貴重な記録写真ですが、秘蔵するより、生きているうちに公開したほうが良いのではないかと考えました。
写真は1994.2月に初めて貿易センタービルを訪れた時のものと、1996.11月に出張の際に、BW社の社用機の丸窓から遠望した貴重な1枚を掲載します。
これは職場の英会話クラブの「5分間スピーチ」の原稿です。
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Memory of the Twin Towers Jan.31 2002
Youji Yamada
This speech is about my memory of the Twin Towers of World Trade Center in New York which were collapsed on 11th September last year 2001 by terrorists who are doubted to be leaded by Mr. Osama bin Larden.
It was on my first visit to New York that I went to the Twin Towers in 1994. In the middle of February, after the evaluation meeting of a new model car, it was Civic, in Los Angels I moved to New York alone in the weekend.
On Monday next week I planned to visit Borg Warner Inc. in Ithaca which is located in the center of New York State to meet President Mr. Ronald Ruzic.
I spent the weekend as a country visitor in New York.
In the week before a cold wave came to New England region.
Prime Minister Mr. Hosokawa came up against a heavy snow on the visit for a top meeting with the president Bill Clinton.
But it was fine during my holidays. The Central Park was covered with snow and water birds were resting on the iced pond.
In the street garbage men were working to clear away the snow on roadside with water jet.
I joined sightseeing tour by bus with Japanese speaking guide.
In the course of the tour I went the Twin Towers of WTC in lower Manhattan. It was very beautiful rising in blue sky.
I will show you some photo later.
From the observation deck on 107th floor I could get unforgettable views in every direction. For example, the Empire State Building to the north, the Stature of Liberty to the south and New Jersey beyond Hudson River to the west.
In that year I was fifty years old and twenty_ five years of service in Honda.
In commemoration of it I got a watch of Rolex.
The second visit to New York was also on the way to Ithaca.
Also in winter five years ago 1996, after a business meeting about lawsuit of a patent at the Headquarter of General Motor Inc. in Detroit I stopped Borg Warner in Ithaca to exchange some of technical information.
There I spent joyful time with the research members of new technology about automotive devices.
On my way back to New York they sent me by the company plane that was equipped with twin engines and seven seats.
While stable flying the veteran pilot, who improved his skill in Vietnam War, proposed me a loop the loop flight.
But I declined it because such acrobat flight would give big stress to my heart.
When approaching to Tater Borrow Airport in New Jersey, which is convenient for access to Manhattan Island, I found distant view of the Twin Towers in a circle window of the plane.
The towers were shining by declining sun in the late afternoon.
That scene was so impressive that I felt the figure to be a lighthouse for homeward flight.
After 11th September the Twin Towers do not exist on the ground already. But the shinning figure will never vanish from my memory. The simultaneous crash by terrorists made us notice that the Twin Towers were a landmark of not only New York but also of the United States. (original manuscript)
追憶 ツィンタワー 2002.1.31
これからお話しすることは、昨年2001年の9月11日にオサマ・ビン・ラデンに率いられたと疑われるテロリストによって崩壊された、ニューヨークの世界貿易センタービルに関する思い出話です。
私が1994年にツィンタワーに行ったのは初めてニューヨークを訪れたときのことでした。2月中旬、ロスアンゼルスでシビックの新型車の評価会を終え、週末に一人でニューヨークへ移動した。週明けの月曜日にニューヨーク州の中央部のイサカ市にあるボルグ・ワーナー社のロナルド・ルージック社長に会うために訪問する計画でした。ニューヨークのおのぼりさんとして週末を過ごした。
前の州はニューイングランド地方(アメリカ東部)を寒波が襲い、細川首相がクリントン大統領との首脳会談のため大雪を推して来ていた。
しかし私の休日は天候に恵まれた。セントラルパークは雪に覆われ、水鳥が氷の浮いた池で羽を休めていた。道路の清掃人は道端に積もった雪をウォータージェットで片付けていた。
私は日本語ガイド付の観光バスでマンハッタン南部にある貿易センターのツィンタワーに行った。そのビルは青空に聳え、とても美しかった。あとで写真をお見せします。
107階の展望フロアからの四方の眺めは忘れられないものだった。例えば北にはエンパイアステートビル、南には自由の女神、ハドソン川を越えて西にはニュージャージーが見えた。
その年私は50歳になり、本田に勤めて25年だった。その記念にロレックスの時計を買った。
2度目のニューヨーク訪問もイサカへの途上だった。今から5年前1996年のやはり冬で、デトロイトのGM本社で特許の訴訟交渉のあと、情報交換のためイサカのBWへ寄り道した。
そこでは自動車部品の新技術の研究開発メンバーと楽しいひとときを過ごした。
ニューヨークへの帰途、双発7人乗りの社用機で送ってくれた。安定飛行に入るとベトナム戦争で腕を磨いたベテランパイロットが、宙返りをやってみようかと言ってくれたが、そんなアクロバット飛行は心臓への負担が大きいからと断った。
マンハッタンへのアクセスがよいニュージャージーのテーターボロウ空港へ近づくと機体の丸い窓から、遠くに見えるツィンタワーを発見した。
ツィンタワーは夕日に照らされて輝いていた。その光景はあまりにも印象的で、まるで帰還飛行のための灯台のように思えた。
2001.9.11以後、ツィンタワーはすでに地上には存在しない。しかしあの輝く姿は私の記憶から消えることは決してないであろう。
テロリストによるあの同時破壊は、ツィンタワーがニューヨークのランドマークであったばかりか合衆国のランドマークでもあったことを気付かせてくれた。(日本語訳文)
撮影 CANON AE1-P FD50/1.4(1994) CONTAX RX Planer50/1.4(1996)
編集・公開 2010.8.13
2010/09/09 08:09:56
2010/07/04日 成田発ヘルシンキ経由ヴィリニュス着
【ヴィリュニス泊:ホテル・パノラマ(Panorama)】
今年2010年夏の海外旅行の行き先は、10年ぶりのロシアのつもりでした。
去年の夏のウクライナ旅行の帰りにトランジットでモスクワに寄って、再訪したい気持ちがますます強まり、そのときからロシア旅行計画を心の中で温めていました。
なのに、3月末のモスクワ・テロ!
家族に大反対されて、泣く泣く行き先を変えました。
バルト3国はそのままアエロフロートで行くことも可能でしたが、ロシアへの未練を断ち切るために、フィンランド航空に変更しました。
はじめてのフィンランド航空。
はじめてのヘルシンキ空港。
そしてとっても久しぶりの成田空港第2ターミナル。
旅程の初日はどうしても、ほぼ1日空港と飛行機に缶詰になります。
今回はいつもより早く現地に到着するおかげで、空港から自力でホテルに向かうことと、もしかしたら夕食を食べに早速、町に出られることも期待していましたが、それは到着してからの話。
それまでの楽しみといったら、フライトと空港くらいです。
が、フィンランド航空と久しぶりの成田第2ターミナルでは、楽しみにしていたほどにはテンションは上がりませんでした。
去年、いつもの成田第1ターミナルで妙にテンションが上がって写真を撮りまくったのは、折紙博物館を見つけたおかげでしたが、久しぶりの第2ターミナルは、記憶の中で美化されすぎていたらしいです。
フィンランド航空も、たしか人気のフライトではなかったかと妙に期待をしすぎたようです。
エコノミー客はどこいったってエコノミー客。
それを思うと、いままで他のフライトでも特に不愉快な思いをしたわけではないので、フィンランド航空だからって何か突出して良いことがあったわけでもありません。
フライト時間が短くて、いつもより早く現地に着くのは嬉しいけれど。
今まではほとんど現地到着は夜中近かったですから。
ただ、フライト時間が短いせいか、2度目の食事がサンドイッチだけだったのにはがっかり。
この日は結局、目的地のヴィリニュスで夕方から夜にかけて大雨に降られたせいで、外出をあきらめて夕食は食いっぱぐれ。
初日の夜はひどくおなかがすいて、ちょっとみじめでした。
でも、ヘルシンキ空港は楽しかったです。
なるほど北欧だと思わせるステキなみやげ物の数々!
海外旅行へのあこがれの第一歩ってそんなみやげ物ではないでしょうか。
いつかは北欧も旅行したいと思っていますが、ヘルシンキ空港でたくさんのステキなおみやげを目にして、その気持ちがますます強まった気がします。
往路の乗継ぎは55分しかないし、ヘルシンキ空港からシェンゲン協定圏内に入ったということで入国審査がありましたし、まだ旅はこれからなので荷物を増やすわけにはいかないため、ゆっくりおみやげを物色できたわけではないのですが、ささっと写真を撮る時間はありました。
帰りは1時間55分の乗継ぎだから、買いたいものや、多めに買ってバラまくお菓子をどれにしようか、目をつけるだけにとどめました。
もっとも帰りは、ヘルシンキ行きのフライトが30分遅れたせいで、帰りのヘルシンキ空港でゆっくり買い物をする時間は、結局ありませんでした。
でもいいんです、きっといつか北欧にも行くでしょうから、ステキな北欧らしいおみやげは、そのときに町中で物色すれば@
成田空港では大丈夫だったのに、行きのヘルシンキ空港のセキュリティチェックでは、手荷物がひっかかって、荷物を全て広げさせられました。
カバンが空っぽになるまで全部!
怪しいものが出てこなかったから、かえって容赦なかったです。
いや、怪しいものがなかったからこそ無罪放免になったわけですが、仕方がないとはいえ、いやな気分にはなりました。
そしてホテルに到着して手荷物を広げたら、成田空港の免税店で買ったペンダントのボックスがありません!!
手荷物用のタウンバッグに確かに入れておいたはずなのに。
手荷物の中身を出したのは、ヘルシンキ空港のセキュリティチェックに引っかかったときだけです。
そのときに全部しまい忘れたのでしょうか。
それとも……!?
自分のドジかもしれないのについ他人を疑いたくなってしまいますが、他人を疑うのもいやな気分になります。
身につけていたおかげで中身のペンダントは無事だったのを幸い、ボックスぐらい、さっさとあきらめることにしました。
ペンダント専用のおしゃれなボックスだったけど……!
※表紙は、バラまくおみやげ用として目をつけたムーミン・チョコ。帰りに大急ぎでコレだけ買うことができました。
※何度も利用しているのに折紙博物館をきっかけに妙にテンション上がった、去年のウクライナ旅行の行きの成田空港の旅行記
「2009年ウクライナ旅行第1日目(1):いまさらな成田空港でウキウキワクワク@」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10364577/
※ボックスはなくしたけど中身は無事だった、成田で買ったペンダントが写っている写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20044403/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行ハイライトその16:ゲットしたものゲットしたところなど(完)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10488479/
2010年バルト3国旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2010年バルト3国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10481279/
詳細版「2010年バルト3国旅行の詳細旅程(写真付き)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2010/07/2010-ccbf.html
2010/09/09 12:09:04
本編に入る前のテーマ別ハイライト旅行記のラストは、旅行中にゲットしたものです。
要するに買ったものの写真なのですが、買った店構えの写真も記念に撮ったり、急に記念写真を撮りたくなったミュージーアムの半券や、友人たちに送るポストカードの切手などの写真も、ここに集めました。
ただし、親戚や職場、すぐ会える友人にばらまくお菓子の写真は、撮るのを忘れて配ってしまいました。
買ったものは、バルト3国といえば、まず琥珀!
宝石好きの私が飛びつかずにはいられません。
過去の海外旅行において、2000年のロシア旅行や2005年のポーランド旅行中にも琥珀のアクセサリーを買ったものですが、デザインは、日本のジュエリーショップなどで売っているものに比べると、かなりカントリーっぽいです。ぶっちゃけていうと、ちょっとやぼったい@
それに比べて、今回のバルト3国、ヴィリニュスやリガのジュエリーショップの琥珀アクセサリーの洗練されてたこと!
少なくとも私の目にはそう映りました。
洗練されているといっても、フランスやドイツにありがちなデザインのような、あまりにファッショナブルすぎて無機質に感じられるものではなく、どこかまだアンティークっぽさを残しているのもいい!
なので、ついつい大人買いを(苦笑)。
ジュエリーのデザインは、材料の琥珀はポーランドなどから直輸入したものであっても、日本のジュエリーショップで売られているものの方が好みが多いです。
やはり日本のジュエリーショップでは日本人好みのデザインを市場調査してそろえたりしているのでしょうか。
そして私はやっぱり、たいていの日本人というわけです@
ただ、人より体格が良いのと、ミーハーだから@、華奢なものよりは、大ぶりなアクセサリーが好みです。
その点、ヨーロッピアン・ジュエリーの方が選択の幅が広いです。
もっとも、今回のバルト3国旅行中では、ペンダントもリングも、デザインはとっても気に入ったんですけど、実際に身につけてみると似合わないことが多かったです。
負けてました、私(涙)。
おかげでそれは、ヘタしたら際限なく買ってしまったかもしれない私の購買欲に対する抑制力となりました。
それから古代バルト民族のシンボルをデザインしたバルティック・ジュエリー!
私が知っていたのは、ラトヴィアの「7日間の指輪」だけでしたが、それを探していたら、他にも国立博物館で見たようなデザインのアクセサリーがたくさんで、目移りして仕方がありませんでした。
他には、おみやげ用に手ごろな人形やセーターや毛糸の帽子などの民芸品。
といっても、ここ数年東欧ばかり旅行していて、店頭にはバルト3国じゃなくてもロシアでもウクライナでも見たようなものが並んでいし、国ごとの民芸品の違いにはあまり詳しくないので、いかにもバルト3国らしい民芸品のおみやげを選ぶのは難しかったです。
また、民芸品だから一年中店頭にあってもおかしくはないのかもしれませんが、ウクライナでもブルガリアでもルーマニアでも、真夏の猛暑にフーフー言っているときに、店頭にセーターや毛糸の靴下や帽子がずらりと並んでいて、見ているだけでますます暑くなってきました。
でも、今回のバルト3国では、さすがに慣れたかも!?
買ったものが少しまとまったときに、ホテルの部屋で包みから出してディスプレイして撮影しましたが、それはとても楽しい作業でした。
帰国したら、日常のどんな場面で使おうか、どこに飾ろうか、どれを誰にあげようか、喜んでくれるといいな、と想像するから。
ただ、友人たちやお世話になっている先生へのおみやげは、自分の好みを基準に考えても、喜んで受け取ってくれるからいいのですが。
友人たちも先生も海外によく行くので、海外先のおみやげとしての付加価値を認めてくれます。
ひょっとして好みでなくても、それを面には出さないですし、かえって邪魔になるようなものは選んでいないつもり。
でも、まだ幼い甥っ子姪っ子は、海外のおみやげよりは、好きなテレビ番組のキャラクターものを嬉しがる年齢です。
甥っ子姪っ子のためにおみやげを探す作業は、私はとっても楽しいのですが、海外のおみやげといっても子供たちにとって付加価値がないのが残念です。
そして一番むずかしいのは留守宅の母へのおみやげ。
今回は、何が欲しいか母に確認するのを忘れたので、いままでの経験から必死に考えて選んだのですが。
海外にとんと興味のない母にとって、むしろ日本で何か買ってあげた方が、まだ喜ばれます。
今回は特にひどく、遠慮のない母は「えーっ、そんなのいらないっ!」って突っ返してきました。
「じゃあ、あげないっ!」と私もキレそうになったけれど。
それくらいなら、と受け取った母は、そのうちショールなど、私にとってはとても考えられない別の使い方をしてみたらとても役立ったので、それはそれで喜んでいました。
2010年バルト3国旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2010年バルト3国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10481279/
詳細版「2010年バルト3国旅行の詳細旅程(写真付き)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2010/07/2010-ccbf.html
<旅行前に調べた各国通貨の換算レート(2010年6月30日現在)>
・1.00リトアニア・リタス(Lt)=31.32円
・1.00ラトビィア・ラッツ(Ls)=152.47円
・1.00エストニア・クローン(EEK)=6.91円
換算レートを調べたサイト
http://www.oanda.com/convert/classic
2010/09/09 08:09:57
旅行2週間前に突然思い立って、
冬の旭山動物園に行ってきました。
かなり防寒対策をしていったのに、
旅行期間だけ寒さが和らいで、良かったような悪かったような。。
冬の動物園を満喫しました。
次は夏に行って見たいな。
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ANA SKY WEB TOUR
飛行機往復、ホテル2泊、旭川動物園までのバス往復がセットで、
31300円でした。
2010/09/07 10:09:38
今の時期、銀行に行くのは頭の痛くなることの一つだ。
先日銀行へ行った。近くの駐車場が一杯だったので、二重駐車をしないためにかなり離れた場所に車を停めることになった。この日は喉の調子が悪かったにも関わらず、ザーザー降りの雨の中、車から銀行までかなりの距離を歩いた。
銀行の前には、大きな手荷物と傘は銀行の入り口に備え付けてあるセーフティーボックスに入れてからお入り下さいという張り紙があった。セーフティーボックスに手荷物を入れていると、見知らぬご婦人が銀行の回転式扉の前に立った。すると直ぐ様カバンをセーフティーボックスの中に入れるようにと注意するテープ音が流れた。しかし婦人がキャッシャーの銀行員に手を振ると、扉が自動的に開いた。
私は、銀行員がこの婦人のために扉を開けたことよりも、私よりも後に来た婦人に横入りされたことにムッときた。中に入るとかなり長蛇の列ができていた。列の一番前に立って純金製のアクセサリーをあちこちに身につけている女性は、キャッシャーの男性に溢れんばかりの微笑を送ると、男性は振込用紙に記入すべき細かい事項の説明をすることなく、瞬く間に作業を終わらせ、サインだけを頼んだ。その次の人も又次の人も同じだった。そのうち先ほど割り込んだ婦人の番になった。やっぱり同じことだった。漸く私の番になった。予め必要事項を記入しておいた振込用紙を渡すと、男性は住所の記載がないと言ってきた。“住所ですか?”“そうです。ここに住所欄がありますので、イタリア語で書くことに支障がなければご記入お願いします”と皮肉っぽく言ってきた。
前の人たちにはそんなこと言っていなかったのに、どうして私だけ?
私がハイヒールや純金のアクセサリーを身に付けず、ジーンズとスニーカーで銀行に来たからこんな事を言うのだろうか?
銀行に入るには、手荷物と傘を銀行の入り口に備え付けのセーフティーボックスに入れないといけないという決まりを真面目に守り、予め振込用紙への記入もしてから列に並んだのは私だけなのに、その私が何でこんな扱いを受けなければいけないのだろうか?それにしても何故彼は私にだけこんなに不親切なのだろうか?ただ簡単な振込みを頼んだだけなのに。
イタリアでは、モラルを持たずに生きていくほうが上手く世渡りができることを、皆さん覚えておいて下さい。
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した記事より抜粋)
2010/09/07 05:09:42